【書評】勉強の哲学 来るべきバカのために 千葉 雅也著

このブログは作者でありカウンセラーでもあるワタクシ美片が論理展開する心理ネタ、恋愛ネタをメインにした記事を提供しているブログです。

しかしここのところのコロナウィルスの影響による世の中のムードを私なりに受け、今は心理、恋愛ネタをカウンセラーとして情報発信することに違和感を感じているのです。

外出自粛要請が出てコロナウイルスの猛威に世の中が怯える今、カウンセラーのはしくれとして私が出来るこのブログを読んでくれている方の為になるような情報発信とはどんなことだろう。

私なりに考えた結果、部屋に巣ごもりしている方が多い今、読書家である自分の読んできた本の書評をブログ記事にすることが、このブログを読んでくれる方のタメになるような情報発信になるのではと思いました。

そんなワケでとりあえずコロナ騒動が落ち着くまでの当面の間は今回のような書評やアニメ・漫画や音楽評なんかをブログ記事にしていこうと思います。

よろしければお付き合いくださいませ(*’▽’)

………というワケでここから勉強の哲学 来るべきバカのために 千葉 雅也著の書評に入らせていただきます。

まずこの本の作者の千葉 雅也氏についてですがこの方は自身の哲学についての文筆業をメインに活動されている方です。私は哲学関係の書籍を読むのが好きなのですが哲学関係の書籍って独特の哲学用語が満載だったり言い回しが難解だったりしてクッソ難しいものばっかりなんですよね(;´・ω・)

ワタクシ美片の学歴は専門卒であり、大学で哲学を専攻などはしていないため哲学書を読むのが好きなワリには哲学関係の本を読んでも

書いてあることの2割でも理解できればマシなほうだったりする程度の残念理解力だったりします(;´∀`)

なので哲学好きを自称するワリには完全なる下手の横好き。プロを目指さずゆるい雰囲気で日曜の朝に空き地で楽しむ草野球野郎だったりします。

そんなボクからしてもこの本は哲学関係の書籍としては難解な言い回しや難しい哲学用語は出来るだけ使用しないように努めてあるためかなり読みやすい部類の哲学本です。

哲学に興味があるけど小難しいイメージから手を出せないでいる初心者マークちゃんにオススメです(*‘∀‘)

ここでざっとこの本はどんな本であるかをお話しします。

この本はヒトは「勉強」を深めていくことによりどのように「変身」していくのか、また作者が勉強を深めていくことについての具体的な方法を論じた本です。

この本の中で書かれているヒトは「勉強」を深めていくことによりどのように「変身」していくのか ということについてワタシなりにお話しします。

まず作者は「勉強とは自己破壊である」と説きます。

このことについてお話しします。まずヒトとは自分の所属する複数の環境のノリに意識せず乗っかってしまっているものなのです。育った家族のノリ、地元の仲間たちとのノリ、会社のノリ、山本山のノリ←違う

ここでいう「環境のノリ」とは言い換えるとその環境=コミュニティを通常運営するためのお約束のようなものです。このコミュニティを通常運営するためのお約束について詳しく言うと

そのコミュニティの中にいる時は自分なりに「こんなことを言ってはイケナイ」「こんなことしたらイケナイ」と空気を読んで悪目立ちしないようにしたり、また時には「こんなふうにふざければみんなノってくれるだろう」と空気を読んでミンナとワイワイバカ騒ぎをするような、コミュニテイのミンナと楽しさを共有するための見えないけどなんとなく肌感覚でみんなが共有しているルールのようなものです。

ヒトは日常の中で上記の見えないけどなんとなく肌感覚でみんなが共有しているルールのようなものをそれぞれ職場、家庭、飲み仲間といる時等様々な場所ごとに共有し合ってそのコミュニティの通常運営性=ホメオスタシス(恒常性)を保っているものなんです。

作者が言う「勉強をする」こととは、いままで自分が知らなかったモノゴトを吸収していくこと。

勉強にハマり「深く」勉強をしていくことにより自分のなかにいままで知らなかったモノゴトの知識が蓄積されていく。そしてそのことにより勉強をする本人の中に点と点だった知識が繋がり合い夜空に輝く星座のように像を帯びていく。

そうなっていくと今までの「モノゴトをあまり知らないバカな自分」から「モノゴトを知ったゆえに自意識過剰になったキモイバカな自分」に変容してしまう。そして 「自意識過剰でキモイバカな自分はその「過剰さ」「キモさ」ゆえに今まで所属するコミュニテイのノリに合わせて適応してきた過去の自分について懐疑的になってしまう。

そうなるともう今までのように自分が所属するコミュニテイのノリに自然にノっかってコミュニテイ内のお約束を破らない範囲でおふざけをして楽しむといったことがしづらくなってしまう。

「深く勉強すること」によりこの世界を構成するアレコレについてちょっとばかし知って賢くなってしまった。そうしたら今まで地元の仲間たちとバカやってた昔の自分が黒歴史のように自分の中で忌むべきものとなってしまった、もう昔の自分には戻れない。

     作者の説く「勉強とは自己破壊である」 とはこのようなことなのです。

このことを自分のことを例に出してお話しします。

数年前のボクは仕事とメシ食ってる時寝てる時以外の時間に打ち込めるようなもの、つまりは趣味と呼べるようなものがあまりなくヒマな時間は飲み仲間とダラダラと酒を飲んで過ごしたりするようなことが多かったんです。

僕は地元で消防団をやっていたので消防団時代の後輩たちと集まって飲んだり、アニメ関連のイベントで知り合ったオタク仲間たちと飲んだり。

話の内容はだいたい女の話、仕事のグチ、アニメや漫画やギャンブルの話。どれも深みはなく話していることがらに熱を帯びることのないコトガラばかり。まるで酒のアテの会話としてのチーカマやスルメのように冷たく乾燥したものをただしゃぶり続けるような時間の過ごし方。

意味もなく生産性もないけどそうやって無為に過ごす時間がないとやり切れないくらい僕たちは仕事を含めた生活全般に楽しみややりがいを見いだせないさびしんぼうの集まりでした。

僕は常に“ものさびしさ”を抱えていて上記のような無為な時間を過ごすかひっかけた女と一緒に過ごしたりするくらいしかさびしさを紛らわすことを知りませんでした。

自分の内面の空虚さを感じながらも“なにか手短な刺激物にすがる”ことでしかさびしさをやり過ごせなかった。

なので恋愛においては相手を自分の都合のいいようにもてあそんで終わるか、手痛いしっぺ返しを食らって終わることが多かったです。

そのようなことを繰り返し何回目かの手痛いしっぺ返しを食らってもがき苦しんでいた僕はその苦しみを癒すべくネットサーフィンをしていくうちに心理学に出会いました。

心理学について学んでいくうちに自分が今まで抱えてきた生きずらさ、「なぜ僕はミンナと同じようにおテントウさまのもとで元気ハツラツに楽しめないのか」ということについておぼろげながら理解することが出来るようになっていきました。

そこから心理学にハマるのは速かった。

なぜなら心理学について学べば学ぶほど、長年の疑問だった「ヒトと一緒にいる時に自分はどうふるまえばいいか」といったことを自分みたく辛気臭く考えるそぶりを見せたりなんかせずに勉強や仕事や恋愛を堂々と楽しんでいるように見える人達と自分の内面のどこがどう違うかわかっていったからなのです。

そして心理学にハマっていった自分は仲間たちと酒を飲んでいる時なんかにフと「それって投影してるってことだよな」って感じで心理学用語や知識をワケ知り顔でつい語りがちになっていきました。

そんな僕は周囲から微妙に浮きがちになっていきました。つまり僕は心理学を学んだゆえに周りの仲間に

中途半端な心理学の知識をひけらかしがちなキモイバカになっていったってことなんです(*_*)

そして心理学について学べば学ぶほど――さらにキモキモなバカになっていけばいくほどその増長した自分のキモさゆえ今まで仲良く酒飲んでた仲間たちのことを取るに足りないつまらんヤツラと思い始めていったのです。

そして今までの飲み仲間と距離をとるようになっていって、一人で居酒屋に入ることが多くなっていった頃、カウンセラーであり作家としても活躍している根本裕幸氏のサイトをなんとなしに眺めていたらそこにお弟子さん募集の記事が!!

この時点で心理学・哲学関連の書籍をゆうに100冊以上は読んでいてなおかつナンパ師だったという特殊なフックを持つ

オレがカウンセラーやったらそこらへんの量産型カウンセラーとは一風変わったバチコンイケてるカウンセラーになるんじゃね!?( `ー´)ノ

とゆーーー増長した気持ちをこの頃の僕は抱えていたんです。

いわゆるココロ業界の中でも自分がコノ人!と見定めている根本氏の元で心理学が学べることにも興奮しましたし、僕と同じように心理学を学びすぎて自意識過剰になったキモイ奴らに出会えるのかなと想像しただけでも興奮しました。

当時、心理学や哲学の知識を人並み以上にため込み自意識過剰で孤独なキモイバカになっていた僕は自分と同じようなキモイバカと心理学についてばちぼこ語り合う機会に飢えていたんです。

そして僕は晴れて根本裕幸氏のお弟子さん制度2期生として氏の元で心理学を学ぶ機会を得ることができました。

僕はお弟子さん仲間のみんなもきっとオレと同じくらい、いや人によってはオレ以上のキモイバカに出会えたり出来るのかなとドキドキワクワクしていました。

しかしお弟子さんとして氏の元で心理学を学ぶ日々が始まり、僕は自分のことをこの場所においても過剰なキモイバカだなぁと感じ始めていきました(;´・ω・)

根本氏のお弟子として仲間たちと学んでいく中で関わった学友達と自分を比べると自分の心理学・哲学の知識は過剰だなぁと感じてしまうのです。

なのでお弟子仲間たちの前で自分が学んできた心理学や哲学について語るとよくも悪くも一目置かれることが多かったです。

そしてお弟子さん制度を修了し学び舎から放逐された今の僕は、駆け出しのカウンセラーとしては心理学・哲学の知識が過剰なキモくてバカな野良カウンセラーなのかなと思います。

今の僕にカウンセラーとして足りないのは実績です。

なのでもっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっっもっともっともっともっともっともっと実績を積みまくって社会的な承認を得ないと

誰にも相手にされない自意識過剰なキモイバカカウンセラーとして終わってしまう(;・∀・)

なのでいっそこれから「陰も極まれば陽となる」よろしくもっともっとカウンセラーとしての自分特有な「過剰さ」に磨きをかけていきたいと思っています!そうやつてココロ業界でも他に類を見ないくらいハードコアなカウンセラーになっていったほうが自分も、僕のことを見てくれている方達もきっと楽しめると思うので。

だってもともと「右ならえ右」なサラリーマン家業が肌に合わなくてこの業界に乗り込んだんだし、すでに誰かがやっていそうだったりありがちなカウンセラー像に自分を当てはめて活動するなんて想像するだけで一秒でも退屈なので(*´Д`)