【本心と繋がりたい】自分の本心との向き合い方【ココロの相談】

無料相談サイトである「ココロノマルシェ」

の相談に応えてみました。

今回のご相談は自分の本心と繋がりたいというご相談です。

相談者様はストイックに頑張ることが自分の本心だと思いがんばっていたところ、電池切れのようになにも出来なくなってしまったことからこの本心に疑問を持ったようです。

ストイックに頑張るということは禁欲的に頑張るということであり、生きてりゃ湧いては消えてくる「スタバでラテ飲みてーなー」とか「ビール飲みながら特攻野郎Aチーム見てーなー」っていうココロの声を無視し続けるということでもあるんですヨネ。

頑張ることが本心から納得できていることならがんばり続けられると思いますが無自覚にも「そうしなければいけない」という圧から選択したものだったらふんばりがきかなくなるものなのです。

以下相談者様からの相談文

自分の本心との向き合い方

相談者 ドラセナさん

はじめまして。
自分の心との向き合い方でネットで色々彷徨い、こちらのサイトに辿りつきました。
ご回答頂けるとのこと有難いです。
よろしくお願いします。

私は一年前ぐらいから色々とモヤモヤや葛藤が臨界点に達し、本当はどうしたいと思ってるのか、ノートに書き出して考えました。
そしたら、もっとストイックに頑張りたいという願望を知りそれになるべく添うように過ごしてしています。

しかしたまに糸が切れたように何も出来ない日があり、それについて色々調べたら、自分の本心からの願望だと思ってたのは、エゴ?或いは検閲者という心の防衛機能なのかもしれないとも思うようになりました。

ノートに向かい自分に問いかけ続ければ本心と繋がれると思ってたのですが…。

いつも自分にこうしろああしろと強く言ってくるのは、本心ではないのかもしれないと疑うようになってからも、毎日ノートに向き合うと出てくるのはそれらの禁欲的な欲求です。

どうすれば本心と繋がれるのでしょうか?
また本心と判断できるポイントなどはございますでしょうか?

p.s ノートの書き方は現在「モーニングノート」という手法でやっています。朝、頭に浮かぶことを自動筆記的につらつらと書き出すものです。

以下美片からの回答文

ドラセナさんこの度は勇気を出してのココロノマルシェへのご相談ありがとうございます。ラーメンを食べてる時よくメンマを箸で落とすカウンセラー“美片 たかひろ”が回答させていただきます。

ドラセナさんからの相談文をザッと読ませていただいてとりあえずザックリ答えさせていただくと、

“頑張ることで得られるモノ”が願望になることはあっても頑張ること自体が願望って違うんじゃねェのかな、それって痩せたいじゃなくてダイエットし続けたいみたいなもんだし(・∀・)

ということです。おいおい詳しく話していきますネ。

と、ゆーーーわけでここから相談文を読ませていただいて特に気になった箇所についてお話ししていきます。

〉私は一年前ぐらいから色々とモヤモヤや葛藤が臨界点に達し、本当はどうしたいと思ってるのか、ノートに書き出して考えました。
そしたら、もっとストイックに頑張りたいという願望を知りそれになるべく添うように過ごしてしています。

ストイックに頑張りたいとありますが、ストイックとは「禁欲的」である、ということですよね。

ですからストイックに頑張るということは目的達成のためにわき目を振らずにがんばるということであり、目標達成以外の自分の欲を切り捨てるということでもあると思うんですよネ。

具体例を使って話すと

ストイックに頑張るということは、目的地に着くまでの最短時間を競うようなドライブのようなものだと思うんです。

目的地に出来るだけ早く着くのが目標!といってもドライブをしていれば途中のお茶屋に寄って「団子食べたいなー」と思ったり、ふと海岸沿いに車を止めて波打ち際を眺めたくなったりとか道の駅に寄って野沢菜の漬物が入ってるビニールパックの感触を指でもみもみ(・∀・)したくなるものですよね。←オレダケ?

ドラセナさんは本心と繋がるのをご所望のようですが、自分が思ったこと感じたことにウソもホントもないと思うんですよ。

上記の例で言えばドライブをしている時に「茶屋寄って団子食いてーなー」と思ったのも他でもない自分自身なワケで。

ストイックに生きる、ということはこういった目標達成以外の煩悩的な願望を切り捨てていくことでもあります。

煩悩的な願望であっても「その時の自分に沸いた感情」であることは間違いないんです。

そういったモノを切り捨てて頑張りすぎてしまったことが「糸が切れたような状態」に行きついてしまったことにつながるのかなと思いました。

糸が切れたような状態に行きついてしまうということは、自分を追い込みすぎてしまった結果でもあると思うのですがストイックに頑張ることに対して本心から納得出来ていないトコロがあるのでは、と思いました。

自分の意志で決めたつもりが「素の自分」を受容出来ていないことから「頑張らない自分に意味はない、頑張らない自分はここにいてはイケナイ」と無理くりもう一人の自分に説得されたような感じで頑張り続けてしまったのかもしれません。

なぜなら本心から熱中してのめり込んでいるコトだったら「頑張る」という意識なくのめり込むものだし、疲れたら勝手に休むもんだからです。

自分の本心で決めたつもりでも、無意識のうちに親や周りの人達が「自分のことをどう思うか」を気にして選択を捻じ曲げてしまったり、

その場の同調圧力に負けてサイレントマジョリティー(欅坂46)になってしまったりしてしまった時って無理してそこに留まろうとするために頑張りガチです。

そしてそれが慢性的になってしまうと自分で自分が分からなくなってしまうものかと思います。

その場合に向き合うことは自分の心の声に耳を澄ませてあげるのと同時に外圧をゆるめていくことも大事だと思います。

そのためには「なぜ」と「たとえば」を使って自分に丁寧に問いかけてあげてみてください。

例えば、「なぜ自分はストイックに頑張りたいんだろう」そして出た答えにさらに「なぜ」を使って問いかけてみる。

たとえばストイックに頑張っている私を見て、親や私の友達はどう思うだろう」「たとえばもし私がストイックに頑張らなかったら親や友達はどう思うだろう」

といった感じでノートをひらいて一つ一つ丁寧に自分の気持ちを確認していくといいかと思います。

自分と向き合うヒントになれば幸いです。不安や行き詰まりを感じたらカウンセラーに相談することも検討してみてくださいネ。